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帰化(国籍変更)を考える  [2018年02月26日]

帰化(国籍変更)を考える

先日、母親名義の一軒家が老朽化したので、更地にして売却することになりました。

ところが、その不動産を購入した時の住所から移転しているために
83歳という足の悪い高齢の母は、法務省に行き、必要書類を揃えなくてはいけないのです。

2年前に外国人登録法が撤廃になり、法改正により、管轄が区役所から法務省になったのです。

日本国籍であれば、役所の手続きで問題はないのですが、外国籍であるがために
とても不便になっています。

母は、かねてから帰化申請をして、日本国籍を取得するかと悩んでいました。

私の考えでは、母がこの先、年齢を重ねて、足腰が悪くなり、認知症にでもなれば
残りのいくつかの不動産を売却、または将来的に相続する場合、手続きが面倒になるだろう
と考えました。

既に、父は亡くなり、母と四人の兄弟がおりますが、母と私だけが、現在でも韓国籍のままです。

母は、私を残して帰化することはできないと言いました。

この先、戦争が起こるやら何があるやら分からないのです。

母親としては、息子一人だけを韓国籍で残してしまうと、有事の際には、生き別れになる
可能性もあると心配しているのです。

私は、頭を整理して、苦渋の決断で、母と一緒に帰化申請をする事を決意しました。

ところが、今までの人生を振り返ると、涙があふれて、夜も眠れないのです。
まさに、私にとって、帰化は断腸の想いです。

母に、私の気持ちを伝えたところ、同じ気持ちで泣いていました。

母は、
「正直言うと、悔しい。私の両親は、お坊ちゃま・お嬢様育ちの裕福な両班で、小さな頃から
田畑を売って、教養を習っていた程なのに、夜逃げをするように日本へ渡ってきた。
最後は、部落のぼろい布団のなかで息を引き取っていった。」と言いました。

祖父は、達筆な筆で、あらゆるものに漢字や漢詩を書いていたようで、母が小学生の頃、
学校の先生が、その博学にとても驚いたそうです。
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当時、朝鮮総督府の政策として、両班の土地・家屋をただ同然の価格で買収していたのです。
一般の農民たちから土地を奪い取れば百姓一揆になるものの、特権階級から奪っても
裕福を妬む者がいるので、一揆は起こらないのです。
当時の朝鮮総督府は、「不可能なことは女を男にする事だけ」と言われるほど、
ものすごく強い権力がありました。
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母親の立場からすれば、

両親が元々、韓国のお屋敷に住んで、働きもしない身分だったのにも関わらず、
いきなり、土地・建物を奪われて、夜逃げをしながら、住むところもなく、
日本へ来て、乞食のようにリヤカーで缶や鉄くずを拾い集めて生計をたてる姿を
目の当たりにしているので感情がこみ上げるのです。


一方、亡くなった父は、

韓国の故郷・全羅南道で生まれ、裕福ではないので、幼少の頃は、釜山の港町で
旅館の客引きなどをしていたそうです。

ある時、親戚のお兄さんから、「ここにいても仕方がない、一緒に満州に行こう」
と言われて、日本の最高とあんる軍隊・関東軍に公文書を馬車で運ぶ仕事に就いたようです。

職場では、食事の際に、大人から、ご飯の上に唐辛子をバッとかけられ、
「おまえの国では、こうしてご飯を食うんだろうっ!」と言われて、皆一斉に大声で笑われて
子供心に傷ついたというエピソードを聞きました。

しかし、父の認識では、
「日韓併合は合法であるし、おおむね上手くやっていたので大きな問題はない」と言っていました。

どこの社会でも、心のない大人はどこにでもいる。
それよりも印刷工場の〇〇社長には、とても可愛がってもらいお世話になった
と感謝の気持ちを忘れずにお名前を覚えていました。

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父は、私が大学生の頃、「お前は、これから就職もあるし帰化をしろ」と言いました。
知らない間に申請書類を揃えて急に、「法務省に行くから一緒に来い」といわれて
無理矢理に面接に行きました。

面接官から、「一人で帰化申請は可能ですが、家族全員で申請しないと不許可に
なりますよ」と言われて、結局、父は帰化をする気がないので、そのまま諦めたのです。

私にしてみれば、その時は民族意識のかけらもなく、むしろ日本人になれば、スッキリする
かもしれないという考えもありました。しかし、逆に、気持ちの整理がつかなかったので
そのまま国籍を変更するのは納得できなかったので、ラッキーでした。

そこから、民団の学生会に参加するようになり、韓国の銀行に就職をして、民団で就職しながら
徐々に韓国の文化を習得しながら、アイデンティティーが確立してきたのです。

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私の兄弟や、知り合いでは、特に何の感情もなく、事務的に帰化申請をされる方も多くみています。

自分としては、本国の文化や在日の歴史をはじめ、在留資格の法的地位などあらゆる事を学びながら
半世紀以上、人生経験を積んできております。

何日も涙を流しながら、母と相談した結果、「やっぱり帰化申請はやめよう」という事になりました。

何かもっと決定的な大きな障害などがない限り、腹が決まらないのです。

私は、在日という重い十字架を背負って、差別や偏見と闘いながら、これからも生きていくつもりです。

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婚活工房 代表 広瀬 哲三
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電話:03-3699-1522(行こう!夫婦)
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